大判例

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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)4592号 判決 1984年11月26日

原告

越本善信

右訴訟代理人

内水主計

被告

宗教法人末日聖徒イエス・キリスト教会

右代表者

北村正隆

被告

中村晴兆

右両名訴訟代理人

藤木美加子

中田浩一郎

木下博

主文

一  原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求及び謝罪広告請求にかかる訴えは、いずれもこれを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一不当利得返還又は解除による原状回復請求について

1  本案の判断に先立ち、本件不当利得返還又は解除による原状回復請求の訴えの適法性について判断する。

裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和三九年(行ツ)第六一号同四一年二月八日第三小法廷判決・民集二〇巻二号一九六頁、同昭和五一年(オ)第七四九号同五六年四月七日第三小法廷判決・民集三五巻三号四四三頁参照)。

これを本件についてみるに、原告の本件不当利得返還又は解除による原状回復請求は、寄付金名義の金銭給付契約(原告主張の贈与)により給付した金銭につき、解除条件の成就あるいは被告教会の負担の不履行を原因として右金銭の返還を求める請求、すなわち金銭の給付を求める請求であるから、具体的な権利義務の存否に関する紛争というべきであり、また、右請求についての争点は原告主張の贈与契約が解除条件付あるいは負担付のものであつたか否かであつて、宗教上の教義に関する判断が必要不可欠のものではなく、本件記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件不当利得返還又は原状回復訴訟の核心が法律上の紛争に名をかりた宗教上の紛争であるものとは認められない。

したがつて、本件不当利得返還又は原状回復請求にかかる訴えは、法律上の争訟として、裁判所の審判の対象たりうるものというべきである。

2  そこで、本案について判断する。

請求の原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

次に、同3(一)(解除条件)及び同4(一)について判断するに、被告中村晴兆本人尋問の結果によれば、同被告の知る限りにおいて被告教会への献金について条件あるいは負担が付されたことはないことが認められるのみならず、原告本人尋問の結果によれば、原告は神殿に参入するつもりで寄付金の募集に応じたのであるが何らかの理由によつて神殿に参入することができなかつた場合に寄付金をどうするかということについては別段考えていなかつたことが認められるのであつて、本件全証拠によつても、原告主張の解除条件あるいは負担の合意の事実は、いずれも認められない。

したがつてその余の点について判断するまでもなく、原告の被告教会に対する金六〇万五〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の請求は理由がない。

二不法行為による損害賠償及び謝罪広告の請求について

まず、被告主張の本案前の抗弁について判断する。原告の右請求は、要するに、被告らがした原告に対する被告教会からの破門処分及びその公表は違法、不当なものであり、そのために原告は名誉を毀損され、精神的損害を被つたから慰藉料金の支払及び謝罪広告を求めるというものである。

これに対して被告らは第一に、破門処分により原告は宗教上の権利が奪われるにすぎず、具体的権利又は法律上の利益は侵害されないから裁判所が判断すべき法律上の争訟にあたらない、第二に、本件破門処分は宗教上の理由に基づき手続規範に則つてなされた宗教団体の自治の領域内の問題であり、また、本件は法的紛争でなく宗教上の紛争であるから、法律上の争訟にあたらないと主張するので、考察する。

1  前記のとおり、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は裁判所法三条にいう「法律上の争訟」すなわち、当事者の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。

2  ところで原告が本件破門処分当時、被告教会の一会員にすぎなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告教会の採用する教会司法制度は、教会員の教会員としての資格と身分に関する相当の処分をなすに止まり、その財産、生命、身体に関する権利を侵害する権限はないことを前提としており、破門処分も、教会の会員であることを否定し、会員の宗教上の特権全てを拒否されるものにすぎないことが認められる。

したがつて、原告が本件破門処分を受けたからといつて、その処分の効力により当然にその生命、身体、財産に関する具体的権利に影響を受けるものではない。

しかしながら、破門処分は右認定のとおり、部分社会から不適格者として排除されることであるから当該処分が違法の場合には、原告の法律上の利益たる名誉が侵害されることもありうるものといわねばならず、原告はこの点を主張しているのであるから、本件はその前提として破門処分の適否が問題となつており、破門処分は教会員としての資格と身分に関するものにすぎないということから直ちに本件が具体的権利義務に関する紛争でないということはできない。

3 そこでさらに本件が法令の適用によつて解決しうる問題であるか否かについて検討するに、被告らの原告に対する被告教会からの破門処分及びその公表が違法であるとして原告が主張する内容は、要するに、(1)原告が著書数冊をあらわし、配布したことを破門処分の理由としているが原告の右行為は教会の規則や規定に反していないし教会の秩序を乱すものではないから処分される理由がない、(2)原告の右行為に対する処分が破門であるのは処分として重きにすぎる、(3)原告を破門処分にし、その旨公表したのは被告教会の定める司法手続に反する、というのである。そして、右(1)、(2)の点について判断するには原告の著書に対する宗教上の評価と被告教会の教義に関する判断が必要不可欠であるところ、それは事柄の性質上法令を適用することによつて解決することのできない問題であるから、本件破門処分の違法性の有無が究極的に右(1)(2)にの判断にかかる場合には結局は本件不法行為による損害賠償及び謝罪広告請求にかかる訴えはその実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわざるを得ない。しかしながら、右(3)の点については、手続に関するものであるから宗教的判断を必ずしも必要としないものといえるのであつて、(3)の点についての判断のみによつて本件破門処分の違法性が肯定し得る場合には、その限りで法律上の争訟ということができ、訴えは適法といえる。

そこで右(3)の点、即ち本件破門処分を違法とする手続的瑕疵の有無につき判断する。

(一)  請求の原因5の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(1) 原告は昭和四九年五月一七日、被告教会の会員となり(以上の点は、当事者間に争いがない。)、被告教会の大阪北ステーキ部岡町第二ワードに所属した。

(2) 昭和五一年春頃、原告は「阿弥陀如来とイエス・キリストシリーズ合本異邦の予言者」を出版、発行し、以下数冊の著書を発行して、全国の指導者にその配布を依頼した(以上の点は当事者間に争いがない。)。

(3) 昭和五二年八月、被告中村は大阪北ステーキ部ステーキ部長に就任したが、原告の右一連の著作物の出版が教会の教義、秩序に照らし、好ましくないと判断し、同年一一月ごろ、同ステーキ部副ステーキ部長川口と共に、原告に対し、右一連の著書の発行をやめること及び教会員に対する批判、中傷をやめることを忠告し、原告は一旦これを了承した。

(4) しかし、その後も原告の出版活動は継続されたため、昭和五五年二月ごろ、被告中村は前記川口と共に、再び原告に忠告したが、原告は感情的になり物別れに終わつた。

(5) 昭和五六年三月、大阪北ステーキ部を含む数個のステーキ部を統括する地区代表訴外安芸宏が原告を告訴した。告訴理由は、教会の教義に対する背義、抵抗及びクリスチャンらしからぬ行いの二つで、書面によりなされた(訴外安芸宏が原告を告訴したことは当事者間に争いがない。)。

(6) 右告訴にもとづき、原告を召喚のうえ、昭和五六年四月、第一回の高等評議員会法廷が開かれ、原告及び原告の友人訴外沼野治郎が出席し、次いで同年五月三日第二回法廷が開かれ、原告不出頭のまま、原告の行為は、①教会の規則、規定に対する反抗②教会の秩序を乱し、クリスチャンとしてふさわしくない行為に該当するとして、今後再び前記一連の著書に類する書物を出版しないことを約束し、既に出版済みの著書に関しては六〇日間に最善を尽くして回収し、ステーキ部に提出するよう要請して、この間を保護観察の期間と定める旨の判決が、被告中村によりなされた(原告が保護観察処分に付されたことは、当事者間に争いがない。)。

(7) しかし、原告はその後も教会幹部に対する批判を内容とする著書の出版を続けたため、昭和五六年一〇月一一日、第三回法廷が開かれ、被告中村が裁判長となり、前記出版物は教会員としてふさわしくなく、教会の秩序を乱し、クリスチャンとしてふさわしくない行為であるという判断にたち、こういう出版物を出さないと約束して欲しい旨要求したが、原告が出版継続の意思を表明したため、被告中村は原告の行為を「教会の秩序を乱し、クリスチャンとしてふさわしくない行為」に該当するとして、原告を破門する旨判決した(原告が破門処分に付されたことは当事者間に争いがない。)。

(8) 右判決に対して、原告は即日被告教会大管長に対して控訴状を提出し、控訴の申立てをした(以上の点は当事者間に争いがない。)。

(9) 昭和五六年一〇月一一日、判決ののち間もなく、原告の所属する大阪北ステーキ部岡町第二ワードにおけるメルケゼデク神権委員会において、約二〇名の出席者全員に対し、被告中村の意を受けたワード部監督が「原告は背教者であつて著書数冊をもつて教会指導者に対して批判を行ない、教会に対する悪宣伝を行なつた故破門した」と発表し、同年一〇月一四日ころ、被告教会によつて原告に対する破門処分の手続及び結果が全国の被告教会の幹部が招集された特別集会の席上公表され、これに参加した全ステーキ部長を通して被告教会のほぼ全会員に流布された(以上の点は、当事者間に争いがない。)。

(二)(1)  右の事実によれば、被告教会及び被告中村がなした本件破門処分は、<証拠>により認められる教会司法制度の各規定に照らし、原告が控訴中にも拘らず、破門の判決を発表したことを除き、原告主張の点を含め、手続上の瑕疵はない。

即ち、告訴については、教会司法制度に明確な規定はないが、法廷においてステーキ部長が被告人に対して告訴内容を明確に説明し、被告人に対してそれが真実かどうか尋ねるとされている(教会司法制度「高等評議員会法廷の手続き」、「監督法廷の手続き」の項)ことから、その内容、理由が特定されている必要があると解されるが、右認定のとおり、この点に欠けるところはない。

また、高等評議員会法廷は、ステーキ部長が管理し、判決し、一二名の高等評議員は事件が公正に扱われるように確認するだけであるとの点は教会司法制度自体が規定している(同「高等評議員会法廷の手続き」の項)ことであり、被告中村が除斥、忌避、回避されるべきであるとの点は、教会司法制度によれば、裁判の通知の際、法廷の構成員について異議があれば、被告人は管理役員に書面で申立てができ(同「裁判の通知」の項)、或いはステーキ部長が公正な立場をとることができないため、法廷審理を辞退すべきだと感じた場合は、大管長会事務局に連絡して指示を仰ぐ(同「審理に先立つ手続き」の項)とされているが、全証拠によつても、右異議が申立てられたことは認められないし、<証拠>によれば、原告の著書中には被告中村について、「教会に不活発になつたことがある。優柔不断でどつちにでも付く男だ」等のことが記載されているが、些細で取るに足らないことであつて、被告中村も意に介していなかつたことが認められ、同人が法廷審理を辞退しなかつたことが右規定に照らし不相当であるともいえないから、この点についても手続上の瑕疵は存しない。

(2)  教会司法制度によれば、教会法廷の判決が正会員資格の剥奪または破門であれば、控訴中でない限りそれを発表するとされ(同「発表」の項)、原告が控訴中であつたこと、被告教会が原告の破門の判決を発表したことは前認定のとおりである。

しかしながら、教会司法制度によれば、教会司法制度に関する指示は、ほとんどの法廷手続きの指針となるものであり、ステーキ部長はみたまの導きを受けて、自らの裁量と権限によつて最終的な決定を下し、あらゆる場合において、大管長会はいかなる教会法廷の手続きに対しても特殊な状況に応じた例外を認める権限を持つているとされていること(同「教会法廷に関する質疑」の項)、<証拠>によれば、被告教会内においては、教会司法制度の規定は管理者が祈りによつて多少とも変えることは可能で許容範囲に入ると理解されていることが認められること、及び前認定の本件破門に至る経緯、破門の判決に至るまでの手続等に照らすと、本件破門の判決を公表したことから直ちに、その手続が実質的違法性を帯びるとはいえない。

4  したがつて、本件破門処分には、処分を違法とする手続的瑕疵はなく、本件処分の違法性(破門理由があるか否か、破門処分が重きに失しないか否か、)、を判断するにあたつては前述のとおり原告の著書に対する宗教上の評価及び被告教会の教義に関する判断が必要不可欠なものとなるから、結局本件不法行為に基づく損害賠償及び謝罪広告請求にかかる訴えは、法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないといわざるを得ない。

三結論

以上の次第で、原告の被告らに対する不当利得返還又は解除による原状回復請求は理由がないから棄却し、不法行為による損害賠償及び謝罪広告請求にかかる訴えは不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(篠田省二 高田健一 草野真人)

謝罪文目録<省略>

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